その修繕、本当に今やる?――長期修繕計画に潜む思考停止のワナ
- show3管理者
- 6 日前
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1. 長期修繕計画の本来の目的とは
マンションの適切な管理において、長期修繕計画は不可欠とされています。これは、将来必要となる修繕工事を見越して資金を積み立てる「予算計画」の役割を担うものです。この計画がなければ、修繕積立金の根拠が不明確となり、適切な資金計画が立てられず、いざという時に修繕ができないという事態に陥ります。
新築マンションでは、ディベロッパーが初期の長期修繕計画を作成し、その後は系列の管理会社が主導して大規模修繕まで進めていくことが一般的です。しかし、初期設定された修繕積立金は購入時の負担感を軽くするために低く設定されており、段階的に増額する「段階積立方式」が採用されることが多く、将来的な資金不足が内在しています。
そのため、管理組合が主体となって、計画内容の見直しと積立金の水準調整を行っていく必要があります。ここまでは理にかなっていますが、問題は「その後」にあります。
2. 計画が「絶対の指針」になるという錯覚
管理組合が策定した長期修繕計画は、本来は将来の支出見通しを立てるための予算上の枠組みにすぎません。ところが、これがいつしか「計画された修繕は必ずやらなければならない」という思い込みに変わっていきます。
明らかに積立金が不足している場合には、「どうにかしてコストを抑えなければ」という意識が働きます。しかし、まだ築浅で不具合も表面化していない時期においても、「計画通りだから」と惰性で進めてしまい、ブレーキがかからないことが多々あります。
計画通りに修繕を進めること自体が目的化し、「実施すること」が正義となってしまうと、本来の管理の合理性が損なわれます。これは、「先送りすると管理組合としての責任を果たしていない」といった心理的な圧力や、専門家の勧めによる後押しも影響しています。
3. 誰が得をしているのか?利益相反の構造
このような状況が生まれる背景には、専門家との利益相反の構造があります。管理会社や建設コンサルタントは、修繕工事の実施そのものから収益を得ており、当然ながら工事を勧める動機を持っています。結果として「将来的に漏水事故が起きたら責任が取れませんよ」といった“脅し”が現実味を帯び、管理組合側は工事に踏み切ってしまうのです。
一方で、管理組合には「手元に資金があるのだから、それを実行するのが責任」といった無意識の同調圧力が働きます。区分所有マンションでは、費用が住民全体で分担されるため、一人ひとりの金銭的負担がぼやけ、無駄な支出への危機感が薄れがちです。
ところが、同じ修繕でもオフィスビルや賃貸住宅などでは、オーナーが直接収支を管理しているため、無駄な工事は行われません。つまり、「自分が全額負担するか否か」が、判断基準に大きな差をもたらすのです。
4. 国のガイドラインは誤解されていないか
国交省が示す「長期修繕計画作成ガイドライン」では、30年以上の期間を想定し、その中に2回の大規模修繕(12〜15年周期)を含めることが推奨されています。しかしこの文言が一人歩きし、「15年経過したら大規模修繕をしないといけない」という誤った常識が広まっています。
また、外壁の全面打診調査に関する定期報告制度や、シーリングメーカーの保証期間(5年)などが、不安をあおる材料として使われることもあります。「足場をかけるならついでに外壁も塗ってしまおう」といった発想で、十分に劣化が確認されていないにも関わらず高額な修繕が実施されてしまうこともあります。
修繕周期を短くすれば安全性は高まるという意見もありますが、必要のない支出は単なる浪費です。計画修繕を「安心の保険」と捉える一方で、それが住民の生活を圧迫しては本末転倒です。
5. 妥当な修繕周期と、柔軟な判断の重要性
では、実際にはどの程度の周期で修繕を行うのが妥当なのでしょうか。塗料メーカーや工事会社の示す年数は、商品寿命や商業的意図を反映しており、そのまま鵜呑みにするべきではありません。
参考になるのが、UR都市機構が管理するRC造集合住宅における実例です。URでは、明確な劣化が認められた物件に対して、おおむね18年以上経過した段階で外壁塗装などの大規模修繕を実施しています。
つまり、「15年だから一律にやる」ではなく、「必要な工事が発生してからやる」という運用です。このことからも、目安として20年周期程度が妥当ではないでしょうか。
誤解のないように補足すると、20年間まったく工事をするなという意味ではありません。計画にない劣化が生じた場合や、バリアフリー化などの改良工事など、実施することで住民の満足度が高まる内容であれば、積極的に行うべきです。
問題なのは、「計画だから」「今のうちに」「誰も反対しないから」といった理由で、実際には不要かもしれない工事に予算を投じてしまうことであり、それを見過ごすことが無駄な支出につながっているのです。
まとめ:長期修繕計画は「指針」であって「絶対」ではない
長期修繕計画は、あくまでも**未来の不確実性に備えるための「参考計画」**であるべきです。
ところが実際には、所有の分散による責任のあいまいさや、専門家の勧告への盲従、ガイドラインの誤解によって、「やらなくてもいい工事」に巨額の費用が投じられてしまう現実があります。
区分所有である以上、全員の合意形成には慎重な調整が必要です。だからこそ、「修繕周期ありき」で考えるのではなく、劣化状況に基づいた柔軟な判断こそが、真に合理的で持続可能なマンション管理を実現する鍵となるのです。